真実のプライド…
誇りとは何なのか、誰よりも強くなること?誰よりも優れること?
それは大間違いなのでは無いか?
あるいは社会の目を気にして、恥ずかしいとされることを
避けることが誇りを守ることになる?
それもよく考えればとんでもない恥辱に満ちた行為であるはずだ!
何故そうなるか?それは自分の意志で生きる意地と、
自分の信念をまるで持っていないことに繋がるからである。
自分自身に嘘をつくことなく、好きでもない事で一番になって、
周りから称えられて、心底誇りに思える自信はありますか?
たとえ変質と言われようと、オタと呼ばれようと、生きるための意地を
持っているのならそれは誇りだと言える。決して勘違いしてなら無いのは、
やろうとしているそれらの内容ではない、
当然ながら単なる真似事は言語道断である。
例え恥辱であろうとも降りかかる災難に
立ち向むかう勇気と覚悟が生きる信念という名の誇りであるはずである。…
今一度考えてみよう、そもそも人間社会の価値観とは何か?一般常識が強要する
価値観、恥辱などとは何か?
人間の住む地球のすぐ外の宇宙は限りなく広く、
どの学者もその全貌を解明する証拠をなし得ることは出来ていない、
それほど世界、いや宇宙は広い…はたして人間の価値観は大きいものなのだろうか?
現実の宇宙は想像を絶し、人間の想像物に過ぎない神仏をも超越し、
永遠に突きとめられないほど想像すら許されない壮大な世界を目の前にして?
注意…
実際には宇宙の広さの大体の大きさは137億光年(1光年=約9兆km)とされています。
ただし観測結果を元にしているのに変わりありませんので、
見えない天体があったとしたら計算がずれることはありえると思います。
自分も確率は高いと思いますが、絶対というのが通用しない広すぎる次元が
宇宙だと思いますので、これで確定と位置付けるのは厳しいかな?という意味です。
それでも宇宙の広さは想像しづらいでしょうから、太陽系以外に宇宙人がいると仮定して、
何故宇宙人のいそうな地球型惑星を探すのが不可能な現状で、
電波による捜索にとりあえず期待をかけているそうです。
答えは単に地球型惑星が宇宙では"小さすぎる"のです。
小さすぎる微生物は普通には全く見えないのと同じでしょう。
トップページに戻る