説明事項
第五節のことで問題があったので、一応追記説明ということで説明いたします。
なぜここまで痛烈に批判しないといけないのか?という疑問も出てくると思います。
それは、他でも述べたとおり、相当酷い目にあわされたからに違いないからです。
実際一部削除も考えましたが、壮絶なる過去を前に、
そう簡単に流されるわけにはいかないという結論に至ったからです。
まず、幼児のころにうけた心の傷は相当なものです。
自分自身もあるていどネットを回ってみてみましたが、すさまじいことばかりでした。
自分の場合はいじめでしたが、理由は人様々です。
でも、いじめが事実上の幼児虐待そのものになっているのはまぎれもない事実です。
自分がその当事者であるならば、その現実を語らないわけにはいかないでしょう?
それが自分を動かす一番の理由なのです。
実際に教育の立場にいて、この言葉が痛烈に感じるならば、
こう考えてみてください、学校教育というのは場合によっては子供の命を預かるのに等しいことです。
それは対象の子供が低年齢なら低年齢ほどです。それは、幼いほど責任能力にとぼしく、
大人がしっかりとフォローせねばならないからではからではないですか?
それでいて、幼いほど心の傷は痛烈に残ります。一生忘れることはできません。
自分自身忘れることができればどんなに楽でしょうか、しかし、不可能なことです。
しかも、子供の場合は衝撃に耐えられず、逃げることすらできません。
虐待の地獄にはまってしまったら、ほとんどの場合は自力で抜け出すことは出来ません。
そんな中、大人たちに見捨てられたら、どうやってこの地獄から抜け出せるというのでしょうか?
そんな現実があることを、しっかりと認識してもらうこと、それが自分の本当の目的です。
決して復讐心が無いとはいえませんが、それだけではないのです。
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